

【母に抱かれた1歳の頃】
困っている人たちの力になりたい
−母の言葉で「福祉の道」へ−
ピアノを習っていたので「音楽の道」へという希望を持っていましたが、 親から「音大に行かせるお金がないの」と言われ悩みました。
「社会福祉を勉強してへ困っている人たちの力になれるような仕事に就いてはどう?」と母の助言。父や母の働く姿を見て「人の役に立つ仕事に」とも思っていた私はへ「そうだ、そうしよう!」とすすむ「道」を決めました。
自分の幸せと なかまの幸せを重ね合わせて
人間らしく生きていきたい
大学に入って、クラスの生協の係になりました。「一人は万人のために、万人は一人のために」という生協のスローガンの意味や歴史を学び、運動する中で、自分も仲間も互いに成長しあっていくことの喜びを実感しました。
そして、自分の幸せとなかまの幸せを重ね合わせ人間らしく成長していきたいという気持ちが日に日に高まり、19の春、日本共産党に入りました。
子どもの笑顔が元気のみなもと
保育の充実・改善もとめて
お母さんたちといっしょに運動
私には6歳の娘と4歳の息子がいます。二人とも産休あけから近所の共同保育所に通っています。仕事でグッタリしていても、お迎えに行って子どもが笑顔で飛びついてくると、「よし!明日もがんばろう!」と元気がわいてきます。
この保育所は、冷凍母乳を預かる、アレルギー除去食を作るなどきめ細かい対応をしてくれます。でも、保育士の給与などの労働環境や建物は劣悪です。なんとか改善したい‐親の強い願いです。
また、保育所不足で入りたくても入れない、保育料が高すぎるなど札幌市の状況をなんとか変えたい。私は札幌保育連絡会の事務局次長として多くのお母さんたちといっしょに、毎年署名運動にとりくみ、札幌市と交渉をしてきました。保育所増設や保育料値上げ中止を実現したときは、みんなで喜び合いました。
産休中の小形さんが、市議会への陳情で趣旨説明をしてくれました。どこかの議員がヤジを飛ばしても動じることなく堂々としていて、「こんなお母さんがいたんだなあ」とうれしく思いました。
保育連絡会の役員になってからは、センスの良さを生かしてニュースの担当に。会議で話が煮詰まると、冷静な発言で話を進めるしっかり者です。全国保育団体合同研究集会では、「一人じゃないよ」「いっしょに手をつなごう」という集会スローガンに感動して、ボロボロと泣いてしまうという意外な面もありました。日中の電話では、愚痴も悩みも聞いてくれ、私にとっては心強い存在でした。
小形さんなら適任です。未来を担う子どもたちのために是非その力を発揮してください。
札幌保育連絡会事務局次長 岡崎 知香