週刊レポート
非戦の誓いは共通の願い

   先日、私の住む桑園地域で「憲法九条への思いを語るつどい」が開かれ、戦争体験を直接お聞きする機会に恵まれました。

いまも人に言えない苦しみが

   85歳のさんは、「このごろ社会がおかしくなっている。二度と同じ経験をさせたくないから、自分の戦争体験を話します。」と、切り出しました。
   駆逐艦に乗り、パラオ・ビスマルク・ニューアイルランドなどの島を転々としながら、島で迎えた終戦。食料もつき、疫病や飢餓で次々と仲間が目の前で死んでいった。同時に見たものは、島民から食料を奪い、仲間同士で奪い合う人間のあさましさだった。そう語りながら、「戦争経験者には、人に言えない苦しみがある。死んでいった仲間のことが今でも心に引っかかり、一生背負うことになる。これが私の悲劇です」と、結んでいました。

軍隊は国民を守らない

   87歳のさんは、ロシア国境に近い満州へ。「二十歳過ぎたら死ぬ」と覚悟した軍国少年だった、と語りました。
   戦地では毎日人殺しと自分の死に方の練習。「それが軍隊です。決して国民を守るものではありません。」と強調していました。

侵略戦争反省なしの玉音放送

   毎年、8月15日になると「玉音放送」がテレビ放送されます。
   「耐えがたきを耐え、忍びがたきを忍び・・・・」の部分だけが私の記憶にあり、改めて全文を知りたいと、五月書房出版の『天皇の玉音放送』(小森陽一・著)を読んでみました。全文を通して読むと、ここには侵略戦争への反省が全くないことがわかります。
   本当に「耐えがたきを耐え、忍びがたきを忍」んだのは、さんやさんのような戦争経験者であり、侵略された人々なのに、この一文の主語は「朕」(天皇)なのです。著者は、ここに「あいまいな日本の戦後」があると指摘しており、私はこの意味をもっと学びたいと思っています。

平和への共同の輪を大きく

   「二度と戦争は繰り返さない」これが戦後日本の出発点です。そして、主権者は国民一人一人。「政府の行為によって再び戦争の惨禍が起こることのないやうに」(憲法前文より)平和を願うみなさんとの共同を大きく広げて行きたいと思います。

(「こんにちは  小形かおりです」  06年08月13日付より)
(2006/08/11)


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