ヒロシマ・ナガサキを忘れない
1945年8月6日広島に、8月9日長崎に、原子爆弾が投下されました。今年は「被爆61年」になります。残念ながら、その後も核兵器の開発は進み、アメリカ・ロシア・フランス・中国など、世界には1万2千発以上の核弾頭が保有されているといわれています。
今も続く被爆者の苦しみ
日本原水爆被害者団体協議会(被団協)が、被爆60年の昨年、「被爆者からあなたへ」−私の訴え−(1612名分の集計)をまとめました。
今もなお、健康の不安、被爆二世・三世への影響、原爆症と認定されず裁判で認定闘争、など、「忘れたくても忘れられない」なかでたたかいが続いていることが、ひしひしと伝わってくる訴えです。
被爆者の願いと私たちの責務
「被爆者が体験を語るのは被爆者意識からではありません。このような苦しみを2度と世界中の人びとに負わせてはならないと願うからです。(略)被爆者のみが話せる実体験を残し、被爆者だから痛切に願う平和への思いが、次代、次々代の人びとに伝わることを願います。」当時14歳。広島で被爆した方の願いです。
再び戦争への道を歩み始めようとしている日本政府の愚かな動き、被爆の恐ろしさ、戦争の狂気などを、知って学んで行動する。それが、今を生きる私たち人間としての責務だと強く思います。
「なぜ」と問い続け行動を
広島平和公園に、私の以前の職場「全日本損害保険労働組合」が、被爆20年を記念して建立した慰霊碑があります。
「なぜ あの日はあった なぜいまもつづく 忘れまい あのにくしみを この誓いを」。
原爆の子の像や峠三吉の詩碑などとともに、フィールドワークのモデルコースに入っているこの慰霊碑。原爆投下の理由や犯罪性を鋭く指摘し、平和への行動を若い世代に訴えかける碑文です。
2度と戦争はしない。すべての核兵器を地球上からなくす。原爆で、声も出せず一瞬のうちに亡くなった無数の人々、今も後遺症で苦しむ人びとの願いを重く受け止め、力をあわせて行動し続けたいと思います。
(「こんにちは 小形かおりです」 06年08月06日付より)
(2006/08/03)