私は、平和都市宣言普及啓発事業に関して質問をいたします。
まず、1点目に、平和訪問団派遣事業についてです。
2002年度から、子どもたちへの普及啓発を目的に、広島や長崎にピースメッセンジャーあるいは平和訪問団という形で派遣する事業を行いました。2002年度当初は、平和都市宣言10周年ということで始めましたけれども、その後、2005年、2006年と子どもたちを各都市に6名ずつ派遣する事業を続けています。実際に現地を訪ねるという経験は、テレビや本で見たのとは違う、大変貴重なものだというふうに考えます。
まず、1点目の質問として、派遣事業に参加した子どもたちがどのような感想を持っておられるのか、把握されていることがありましたら、これをお聞かせください。
あわせて、この取り組みに対してどのような評価を持っておられるのか、お尋ねしたいと思います。
2点目は、平和パネルについてです。
被爆の実態をカメラにおさめた原爆パネルは、市内10区に用意されています。これを、例えば学校で展示できるように教育委員会などと連携をとるとか、あるいは、平和団体にお手紙を出すだとか、貸し出しできることを市民にもっとPRするような、そういう工夫を、時期を8月ということにこだわらずに積極的に活用するべきだというふうに考えますけれども、その点いかがか、伺いたいと思います。
平和に関する事業の関係で2点のご質問がございました。
1点目の平和訪問団で派遣された子どもたちの感想と、平和訪問団事業に対する評価ということでございます。
昨年は長崎、ことしは広島に平和訪問団を派遣しております。ことしは、広島に6名のお子さんを派遣いたしまして、札幌に帰ってきてから広島訪問についての感想文を提出してもらいました。感想ということですので、少し長くなりますけれども、実際に参加されたお子さんの感想文の中から引用させていただきます。
最初は、小学校5年生のお子さんの感想でございます。
「平和記念式典に参列させていただいた時に感じた重たく悲しい空気、そして聞こえてくる平和の鐘の音。私には、『広島のまち全体が泣いている』ように聞こえました。原爆でなくなった約14万人の人々のくやしい思い、被爆後に発病した病との長く苦しい戦いが今も続いている人々の思い。そんな思いの中で、世界の人たちが平和の願いを込めて折った千羽鶴が天からの明るい光で照らされているように見えました。」
それから、同じく、5年生のお子さんの感想でございます。
「8月6日、原爆の日です。平和記念式典では折鶴を折り、多くの被爆者や遺族の方とともに核兵器の廃絶、世界の平和を祈りました。私の父は被爆二世です。長崎の原爆でたくさんの親戚が亡くなりました。もしも祖父や祖母が生きていなかったら父や私もこの世に生まれてくることはなかったのです。世界中のみんなが平和を願い、そのために動いていれば世界がきっと変わると思います。」
そして、これは、6年生のお子さんの感想文の結びの部分でございます。
「広島に行かせて頂き、想像以上に原爆の恐ろしさを学び、これからも勉強したことを忘れず、家族、友達、学校のみんな、たくさんの人に原爆の恐ろしさを伝えていくことがこれからの私の宿題です。」
こんなことを言っておられます。
そこで、平和訪問団の事業をどう評価しているかというご質問でございますけれども、ただいまご紹介いたしましたお子さんたちの率直な感想、心に残った気持ちや思いといったものを地道に積み重ね、市民みんなで共有していくことが最も重要なことではないかと考えております。平和訪問団の事業が、多少なりともこうしたことのきっかけとなるというふうに考えてございます。
次に、原爆パネルの活用ということで質問がございました。
現在、本市では、原爆被災パネルを本庁と各区の合わせて11組保有し、本庁や区民センターのロビーで平和展と銘打ったパネル展を開催しておりますほか、ご要望があれば、市民の皆さんの行事などの際に貸し出しを行っているところでございます。
貸し出し実績がちょっと少ないということで、それについての工夫をというご指摘でございます。確かに、せっかくのパネルを活用するという見地から、PRも含めまして工夫をしてみたいと考えているところでございます。
今、子どもたちの大変重たい率直な感想を聞かせていただきました。やはり、現場に行って直接感じることが、その子たちの心にすごく深く刻み込まれるという点で、非常に有意義な取り組みであるというふうに感じました。そういうきっかけになればということで引き続きやっていきたいというご答弁でございましたので、ぜひともこれを続けていただくように求めておきたいと思います。
そこで、この取り組みについて、平和訪問団ということだけでなく、平和都市宣言普及啓発事業そのものの全体の取り組みに対する視野を広げていただきたいということで再質問をしたいと思うのです。
これまでの取り組みというのは、どちらかというと広島、長崎といった被爆国日本という視点での取り組みが多かったというふうに思うのですけれども、戦時中の出来事はそれだけには限らないわけです。例えば、沖縄では、日本で唯一、地上戦が行われた歴史を持つところで、日本軍に自害を強要されて自決し合うようなことがあったり、戦後しばらくの間、アメリカ軍に占領された、こういう悲しい歴史を背負っています。あるいは、今も中国残留孤児などの問題がありますけれども、日本の国土を広げようとしてアジアに侵略をしていった事実、こういうのもあります。
ですから、例えば子どもたちを派遣する先に沖縄も加えていくだとか、あるいは、今回、「父と暮せば」などの映画を上映されたと思うのですけれども、子ども向けのアニメの中でも「蒼い記憶満蒙開拓と少年たち」はまさに満蒙開拓団として送り出されたことについて、子どもに詳しくわかるようなアニメです。このように、戦争のさまざまな局面について学べるような、そういう普及啓発事業の視野を広げていく方向で進めてはどうかというふうに考えますけれども、その点いかがか、お尋ねしたいと思います。
今、委員のご質問の中にもありましたように、私どもが平和事業を企画、立案するときに原爆関連の素材を多用しておりますのは、多くの市民の方にわかりやすく戦争の悲惨さを理解していただくために最もふさわしいというふうに考えているためでございます。沖縄とかアニメとか、いろいろご提案がございました。来年度の平和事業につきましては、まだ具体的な内容を申し上げる状況ではございませんけれども、平和事業というものは、幅広い市民の方々に平和について考えていただくきっかけを提供し、世代を超えて平和の大切さ、命のとうとさについて考えていただくことを目的としておりますので、市民の皆様にそのことがより一層伝わるような事業内容へ工夫してまいりたいと考えております。